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キク 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 キク 分類 界: 植物界 Plantae 門: 被子植物門 Magnoliophyta 綱: 双子葉植物綱 Magnoliopsida 亜綱: キク亜綱 Asteridae 目: キク目 Asterales 科: キク科 Asteraceae 属: キク属 Chrysanthemum 種: キク Morifolium 学名 Morifolium 和名 キク 英名 Chrysanthemum キク(菊)とはキク科キク属の植物。普通、キクといえばイエギク(栽培ギク)を指す。
目次 [非表示] 1 概説 2 キクの歴史 3 キクの品種 3.1 大菊(一輪菊) 3.2 中菊 3.2.1 クッションマム(ポットマム) 3.2.2 古典菊 3.3 小菊 3.4 スプレー菊 3.5 食用菊 4 菊の仕立て 4.1 三段仕立て盆養 4.2 ダルマづくり 4.3 福助づくり 4.4 懸崖づくり 4.5 千輪咲き 4.6 その他の仕立て 5 キクと名のつく植物 5.1 キク科のもの 5.2 野菊 5.3 外国のキク科の植物 5.4 キク科ではないもの 6 関連項目
[編集] 概説 一般にキクといえば栽培されているものを指すが、これは和名をキク(またはイエギク Dendranthema grandiflorum (Ramatuelle) Kitam.)という。野生品は存在せず、中国で1500年ほど前に交配によって生まれたとされている。交配親はチョウセンノギクとハイシマカンギクとされる。秋に咲く花であるが、短日性植物として有名で、電照等を用いた作型の分化により、周年供給されている。
食用にする「もってのほか」などの品種もある。→食用菊
旧暦9月9日、重陽の節句は「菊の節句」とも呼ばれる。
天皇家の紋章は菊をかたどったもので「菊の御紋」と呼ばれる。この紋の菊の花弁は16枚である。
なお花言葉は「高貴」である。
西洋において菊は墓参に用いられる。日本でもこの影響を受けて葬儀の際の献花には菊が用いられる事が多い。この習慣の影響で、病気見舞いに菊の花を贈る事はタブーとされる事がある。
地方によっては、タラの白子をキクと呼ぶ場合もある。 アンモナイト化石は「菊石」と呼ばれている。
[編集] キクの歴史 五十円硬貨の表には、菊がデザインされている。日本にも350種ほど野菊(下記参照)が自生しているが、ヨモギのように食用とされ、観賞の習慣は平安時代頃、中国から秋の重陽の節句とともにもたらされる。万葉集には全く現われないが、古今集あたりから盛んに歌にも詠まれるようになった。
心あてに折らばやをらむ初霜のおき惑わせる白菊の花(凡河内躬恒)
春のサクラに対して日本の秋を象徴する花となるが、それが決定的になったのは、鎌倉時代の初め後鳥羽上皇が菊の花の意匠を好んだ事から、「菊花」が天皇家の家紋となった頃からである。又、九州の豪族菊池氏も家紋に「菊花」もしくは「菊葉」を使用している。
江戸時代前期から栽培熱が高まり、育種が進んで多数の品種が生み出され、正徳頃からは「菊合わせ」と呼ばれる新花の品評がしばしば行なわれた。又、江戸、伊勢、京都、熊本などでそれぞれ独自の品種群、系統が生じた。「三段仕立て」などの仕立ての様式やその丹精の仕方なども発達し、菊花壇、菊人形など様々に観賞された。これらは江戸時代から明治、大正時代にかけて日本独自の発展をした古典園芸植物の1つとして、現在では「古典菊」と呼ばれている。全般に花型の変化が極めて顕著であるのが特徴で、「江戸菊」には咲き初めから咲き終りまでの間に、花弁が様々に動いて形を変化させるものすらある。このように発展した日本の菊は幕末には本家の中国に逆輸入され、中国の菊事情を一変させた。明治時代になると、花型の変化よりも大輪を求める傾向が強まり、次第に「大菊」が盛んになった。花型としては厚物、管物、大掴み、一文字などに収束し、花の直径が30センチメートルに達する品種も現れた。この傾向は菊を日本の象徴として見る思想と関係していると思われ、戦後にまで続いている。
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