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ナリタブライアン 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 ナリタブライアン(Narita Brian、1991年5月3日 - 1998年9月27日)は、日本の競走馬・種牡馬。日本競馬史上5頭目のクラシック三冠馬。愛称・呼称は「ナリブー」、「シャドーロールの怪物」、「四冠馬」。半兄に1993年のJRA賞年度代表馬ビワハヤヒデがいる。1998年日本中央競馬会(JRA)の顕彰馬に選出。
以降、馬齢は全て旧表記(数え年)にて表記する。 ナリタブライアン 於1996年3月9日 阪神競馬場。外側のゼッケン2番がナリタブライアン。 性別 牡 毛色 黒鹿毛 白斑 星額刺毛鼻梁鼻白[1]・珠目上[2] 品種 サラブレッド 生誕 1991年5月3日 死没 1998年9月27日 父 ブライアンズタイム 母 パシフィカス 生産 早田牧場新冠支場 生国 日本(北海道新冠町) 馬主 山路秀則 調教師 大久保正陽(栗東) 厩務員 村田光雄 競走成績 21戦12勝 獲得賞金 10億2691万6000円 ■Template (■ノート) 目次 [非表示] 1 概要 1.1 生涯 1.2 競走馬としての特徴 1.3 競走馬名および愛称・呼称 1.4 重賞勝ち鞍 2 生産の経緯と血統構成 2.1 血統表 2.2 近親 3 生涯 3.1 誕生・デビュー前 3.1.1 デビュー前のエピソード 3.2 競走馬時代 3.2.1 3歳時 3.2.1.1 競走内容 3.2.1.2 気性面の問題と対策 3.2.2 4歳時 3.2.2.1 競走内容 3.2.2.2 幻に終わったビワハヤヒデとの兄弟対決 3.2.3 5歳時 3.2.3.1 競走内容 3.2.3.2 股関節炎発症とその後遺症 3.2.4 6歳時 3.2.4.1 競走内容 3.2.4.2 屈腱炎発症・引退 3.2.5 競走馬時代のエピソード 3.2.6 競走馬としての評価 3.2.6.1 客観的評価 3.2.6.2 ナリタブライアンの関係者による評価 3.2.6.3 競馬関係者による評価 3.3 引退後 3.3.1 種牡馬となる 3.3.2 胃破裂により死亡 3.4 死後 3.5 種牡馬としてのナリタブライアン 3.5.1 種牡馬成績 3.5.2 主な産駒 4 調教師とマスコミとの対立 4.1 3歳時のローテーションに関して 4.2 厩舎内取材禁止通達を巡って 4.3 天皇賞(秋)出走に関して 4.4 高松宮杯出走に関して 4.4.1 出走自体に関して 4.4.2 南井から武豊への乗り替わりについて 5 脚注 6 関連項目 6.1 人物 6.2 競走馬 7 参考文献 8 外部リンク
[編集] 概要
[編集] 生涯 デビュー前からビワハヤヒデの弟として注目を集めた。1993年8月にデビュー。同年11月から1995年3月にかけてクラシック三冠を含むGI5連勝、10連続連対を達成し、1993年JRA賞最優秀3歳牡馬、1994年JRA賞年度代表馬及び最優秀4歳牡馬に輝いた[3]。
1995年春に故障(股関節炎)を発症した後はその後遺症から競走成績は低迷し、6戦して重賞を1勝するにとどまった(GI は5戦して未勝利)が、第44回阪神大賞典におけるマヤノトップガンとのマッチレースや短距離戦である第26回高松宮杯への出走によってファンの話題を集めた。第26回高松宮杯出走後に発症した屈腱炎が原因となって1996年10月に競走馬を引退した。
競走馬時代の主戦騎手は南井克巳が務めた(21戦中15戦に騎乗しており、騎乗しなかったレースのうち4つは負傷のため騎乗が不可能であった。また優勝したすべてのGIレースにおいて南井が騎乗した)。
競走馬を引退した後は種牡馬となったが、1998年9月に胃破裂を発症し、安楽死処分がとられた。種牡馬としては重賞優勝馬を輩出することができなかった。
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