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姫路城 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 logo
姫路城 (兵庫県)
姫路城天守。南西方面(西の丸)より 姫路城天守。南西方面(西の丸)より 通称
白鷺城 城郭構造
梯郭式平山城 天守構造
連立式望楼型5重6階 築城主
赤松貞範 築城年
1346年 主な改修者
黒田孝高,池田輝政 主な城主
池田氏,本多氏,酒井氏 廃城年
1871年 遺構
現存天守・櫓・門・塀 石垣、堀、土塁、庭園 位置
北緯34度50分21.76秒 東経134度41分38.75秒
築城以来廃城や戦火の危機を免れてきた事から天守をはじめ多くの建造物が現存し、うち大天守、小天守、渡櫓等8棟が国宝、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に指定されている。また1993年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
四大国宝城の一つに数えられ、築城以来の姿をよく残している事もあって時に「天下の名城」あるいは「日本一の名城」とも言われる。
白壁の美しい城であり、時代劇を始めとして映画などのロケが行われる事も多い。しばしば江戸城など他の城の代わりとして撮影されている。
なお、姫路城の所在地「姫路市本町68番地」は、日本の番地では皇居の位置する「千代田区千代田1番地」に次ぐ面積を誇る。近代には陸軍歩兵第十連隊が駐屯していた。 目次 [非表示]
* 1 築城者 * 2 形式と構造 o 2.1 縄張(基本配置) o 2.2 通路と門 o 2.3 天守(天守閣) o 2.4 西の丸 o 2.5 腰曲輪・水曲輪 o 2.6 帯曲輪櫓(腹切丸) o 2.7 防御施設 o 2.8 その他の特徴的構造物 o 2.9 城主の居館 o 2.10 中曲輪・外曲輪 * 3 歴史 o 3.1 安土桃山時代以前 o 3.2 江戸時代 o 3.3 明治時代 o 3.4 「不戦の城」 o 3.5 昭和の大修理 o 3.6 平成の大修理(予定) * 4 姫路城にまつわる物語 o 4.1 伝承 * 5 文化財 o 5.1 世界遺産 o 5.2 国宝 o 5.3 重要文化財 o 5.4 特別史跡 * 6 観光 o 6.1 交通アクセス o 6.2 イベント o 6.3 周囲の文化施設・観光名所 * 7 姉妹城 * 8 作品 o 8.1 小説 o 8.2 映像作品 * 9 関連項目 * 10 参考文献・関連書籍 * 11 外部リンク
[編集] 築城者
姫路市街北部の姫山に最初に築城したのは、南北朝時代の正平元年/貞和2年(1346年)、赤松則村(円心)の子・赤松貞範であるという説が有力である。ただし、赤松氏時代は砦と呼ぶべき小規模なもので、「城」と呼べる規模の構築物としては、16世紀に播州平野に割拠した小寺氏の被官である黒田重隆が築城したのが最初であるという異説もある。
その後、天正8年(1580年)織田信長の重臣であった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が播磨統治の中心拠点として姫路城を選定し、近世城郭にふさわしい体裁を整えた。
ただし現在残る城郭と遺構は秀吉時代のものではなく、徳川家康の娘婿で「西国将軍」の異名を取った池田輝政が慶長5年(1601年)から8年掛かりで築造したものである。普請奉行は池田家家老伊木長門守忠繁、大工棟梁は桜井源兵衛である。作業には在地の領民が駆り出され、築城に携わった人員は延べ4千万人〜5千万人であろうと推定されている。
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