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フィガロの結婚 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 Image:Logo_music_ja.jpg クラシック音楽 作曲家 ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ 音楽史 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 楽器 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 一覧 作曲家 - 曲名 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 音楽理論/用語 音楽理論 - 演奏記号 演奏形態 器楽 - 声楽 宗教音楽 メタ ポータル - プロジェクト カテゴリ
フィガロの結婚(フィガロのけっこん、伊:Le Nozze di Figaro、仏:Les Noces de Figaro、英:The Marriage of Figaro)は、フランスの劇作家カロン・ド・ボーマルシェの書いた風刺的な戯曲、ならびに同戯曲を題材にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したオペラ作品である(Le Nozze di Figaro, K.492)。オペラ作品のリブレットはボーマルシェの戯曲に基づき、イタリア人台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテが書いた。本項では主にオペラ作品について扱う。 目次 [非表示]
* 1 概要 * 2 オペラの構成 * 3 オペラの舞台 * 4 登場人物 * 5 あらすじ o 5.1 第1幕 o 5.2 第2幕 o 5.3 第3幕 o 5.4 第4幕 * 6 音楽 * 7 メディア * 8 関連項目
[編集] 概要
原作は喜劇『セビリアの理髪師』(第1部 1775年)、正劇『罪の母』(第3部 1792年)とともに3部作と言われている。『フィガロの結婚』は『セビリアの理髪師』の好評を受けての続編。正式な題名は『狂おしき一日、あるいはフィガロの結婚』(La Folle journée, ou le Mariage de Figaro)。この戯曲は1786年にパリで初演され、前作以上の評判を得た。
封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を通じ、貴族を痛烈に批判しており、度々上演禁止にあった。このような危険な作品をオペラ化し、皇帝のお膝元ウィーンで上演できた理由は良くわからないが、ダ・ポンテの自伝によれば、彼がうまく皇帝を懐柔して許可を得たことになっている。また、皇帝の妹であるマリー・アントワネットが原作を好んでいたことも理由の一つと考えられる。
ウィーンのブルク劇場で神聖ローマ帝国皇帝 ヨーゼフ2世のもと1786年5月1日、モーツァルトが30歳の時に初演。ある程度の好評を得たが、原作の貴族批判は概ね薄められているとはいえ危険視する向きもあり、早々にマルティン・イ・ソレールの『ウナ・コーザ・ラーラ』(「珍しいもの」)に差しかえられてしまった。モーツァルトが次に書いたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の後半で「ウナ・コーザ・ラーラ」の一節に続き「フィガロ」の「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の一部を演奏しているのはなかなか興味深い。
ウィーンではこうして期待したほど人気を得られなかったものの、当時オーストリア領だったボヘミア(現在のチェコ)の首都プラハの歌劇場で大ヒットした。作曲者も招かれて有意義な時を過ごし(この時に交響曲第38番『プラハ』K.504を初演している)、新作オペラの注文までもらえた。これが翌年初演した『ドン・ジョヴァンニ』(リブレット作者は同じ)K.527である。
日本初演は1941年6月に東京音楽学校で行われた。舞台初演は1952年。
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